一般社団法人岩手西北医師会

会員専用ページ
在宅BOX医療ネットワーク

いま思うこと

平成30年度

医療連携 その後

 『医療連携システム』『多職種連携』そして『地域包括ケアシステム』。ここ10年、医療関係者は口を開けばこれらの言葉を言い続けてきた。しかし医療のあり方として、これは本当に正しかったのか?10年前と何が変わったのか?

 3.11以降、国は岩手県を含む被災県に対して、災害支援という名の莫大な財政支援を行った。県内沿岸部の市町にも億単位の医療整備に関する財政支援が行われ、それと期を一にして日本全国で医療連携を錦の御旗に「○○ネット」「△△連携」など数多くの医療システムが構築された。滝沢市で我々が行おうとしていた在宅BOX事業に対しても、一部上場の大企業を含む数多くの関係業者が次々と訪れ、数々の提案とシステムの売り込みを行った。延べて20数社が入れ替わり立ち替り自社のシステムが滝沢市の医療連携にとって極めて素晴らしくそして理想的なものであると、プレゼンテーションを繰り返したのである。
 その中で、ある会社は自社のプランを早急に進めようとするあまり、殆ど何の説明もないまま私のクリニックに自分たちのネットワークに必要な大きなサーバーを置いて行った。私はその会社が自社のシステムを半ば強制的に押し付けていったように感じ、すぐに撤去を命じると共にその会社との繋がりを断絶した。
 その後、その会社が提案したシステムを導入したと聞いたある沿岸地区医療機関のシステム管理者に電話で問い合わせた。“各種端末を含むシステムに関する機材を全て購入しましたが結局物品を置いていっただけでその後の指導もなく、全く機能しないまま現在では部屋の隅に放ったままです。どうしたらいいでしょうか?”と逆に助けを求められる始末であった。
 数例の成功例はあったもののこれらのような事例が県内各地にみられ、その事業に費やされた億単位の助成金は何の実効もみないままに今日に至っている。
 誤解を覚悟して言えば、我々の地域医療は3.11の被災地対策行政の流れの中で充分な検討判断をされることもなく、地域の状況を無視し被災地対策の名を借りたビジネスに利用された、と私個人は思っている。
 私自身も在宅医療に幾多の葛藤を感じながら力を注いで10数年が過ぎた。
 結局、残ったものは立派なシステムでもなくネットワークでもなかった。毎日の診療の中で長年付き合った患者が外来に来られなくなる、途中で老衰あるいは悪性疾患その他の理由によりやがて生を終える、そのような日常の時間の流れの中で、その方が生を終えるまでの普通の生活に付き合い続けることこそが我々かかりつけ医の職務である。人生という長い生活史の中で、必要な時、必要な分だけのお付き合いをする、それが結果として看取りであり、認知症の支援である。決して何かのシステムに寄りかかることで完結するものではない。
 我々医療に携わる者がその現場で患者、家族と膝を交えて“どうしようか?”と相談することがすべてのスタートであり原点である。それをふまえて現在用意されている各種のサービスの選択がなされるべきであり、訪問診療、訪問看護、訪問リハビリ等はあくまで必要に応じて患者に提供されるサービスの1つであって、それ以上のものでもなければそれ以下のものでもない。結果として、選択したいくつかのサービスの複合を称したものが多職種連携であり、地域包括ケアシステムである。そう考えればサービスの量と種類、そして医療サポートの有りようは、患者ごとに異なって当然である。
 無目的に計画された『多職種連携』が患者の経済的負担を増長させたのみであった事例は枚挙にいとまがない。
 この患者本位の視点に立たない特別なシステムやネットワークは決して地域医療の中核とは成り得ず、臨床の場において患者とその日常に直接向き合うことこそが地域医療の根幹である。中央の経済原理のみに基づいた医療プログラムだけでは解決できない問題が、我々地域の医療現場には数多く存在する。

岩手西北医師会 会長 高橋 邦尚

平成29年度

あるように生きる

 過日、滝沢市において開催された「第1回市民医療懇話会」は、キツツキネットワーク岩手の皆様のご協力により盛会裏に行なわれた。
 私は医師会の立場より『命を救う医療』から『見守る医療』への大きな発想の転換が必要になると話をさせていただいた。
 経験的に老衰を医療で止めることは出来ず、時に延命治療は人生を静かに終えるのに妨げになることがある。不要な点滴や栄養、適応のない胃瘻等である。私は胃瘻という技術自体を否定するものではないが『平穏な死』を迎える機会を失う危険も伴う、ということを言いたいだけである。
 医療を受ける側の意識も変わる必要がある。「自分ならしたくない」と思いながら親の延命を選んだ人も多いだろう。私も自身の事を顧みると『たったひとりの母、どんな姿でも生きていてもらいたい』と思った。このような心情は他人が変えることは難しい。ただおだやかな死こそが親のためだろうと考えた結果、私は胃瘻を断った。何が本当に患者のためになるのか、いずれは自分自身に降りかかってくる問題として理性的に考えたい。
 病院、介護施設でも深刻な問題が多く起きているという。『転倒して骨折させられた』『誤嚥させられた』と家族側のクレームが多い。誤解を恐れずに言えば、そういう環境だから起きた、というより、そうなりやすい人を預かっているのが病院であり施設なのだ、ということがしばしば忘れられている。医師も家族もこの現実を率直に話すことを避けてはならない。
 医師である石飛幸三先生は『今こそ国を挙げて老衰という自然の摂理を認め、人のための科学という医学の原点に戻るべきだ』と主張している。いつかそういう時期を迎える私自身も含めて、あるように生きて最後を迎えたいと思うし、医師としてそういう方々の少しでもお役に立てることを望んでいる。

岩手西北医師会 会長 高橋 邦尚

平成26年11月3日発行 No.7 キツツキネットワーク岩手より

平成28年度

かかりつけ医の考えていること ーがんとの関わりについてー

がんとの関わりについて

 私のがんという疾患との長い関わりの中で、がんに対する医療者の考えも、患者さんの側の意識も、近年大きく変わってきたことを強く感じています。
 この変化は医療技術の進歩そのものよりも、多くの医療情報が患者サイドに行き渡るようになり、患者さんが医療者と同じ舞台に立って自分のがんに対する向き合い方を決めざるを得なくなった、という点が以前との大きな違いであるように思います。
 私は自分が大切と考える4つのことを患者さんにお話ししていきます。①『つらい治療をやり抜く事にこそ希望がある』『治療を諦めたら絶望しかない』という狭い考えは、いわゆるがん難民をつくります。②まずは標準治療。ある時期まできたら、勇気をもって“治療をやめる”のも大切な選択肢です。③今の時代、がんに伴う痛みは、在宅を含めてほとんどの医療機関で限りなくコントロールされます。④そして、がんそのもので日常生活が制限される期間は案外短く、それまでの間は比較的安定した良い時間が持てることが多いものです。
 現在においても、一部のがんは依然として有無を言わさず我々の人生を中断することになるわけですが、それをも自分の歩んできた人生の1コマと捉えて、賢くやり過ごすというしたたかさも必要とされているのかもしれません。
 さて、今回もわれわれのゲストとして御講演いただいた、野の花診療所の徳永進先生の著書の中に“臨床はボクシングに似ている”といった一節があります。
 かかりつけ医の仕事はまさに、患者さん(病気と戦うボクサー)を支えるセコンドの役であるということなのだと私は理解しました。
 私達はホームドクターとして、あくまで患者さんと御家族の側に立って患者さんの生活を守る・・・ 換言すれば、我々かかりつけ医の仕事というのは、患者さんが病気であろうとなかろうと“御自分の仕事をすること”“御家族と過ごすこと”つまり“普通の生活”をサポートすることなのだろうと考えています。

がんとの関わりについて

岩手西北医師会 会長 髙橋 邦尚 先生

在宅の話

平成29年3月22日(水) 岩手西北医師会 高橋 邦尚
在宅の話