キャベツ畑(岩手町)
岩手町担当理事のあいさつ
1955年(昭和30年)7月21日 — 沼宮内町・一方井村・川口村・御堂村の1町3村が合併し、岩手町が発足(人口約22,793人、当時)しました。1970年の岩手国体をきっかけにホッケーが盛んになり、全国トップレベルの育成環境を構築、オリンピック代表選手も輩出しています。 1973年頃から国際石彫シンポジウムが始まり、彫刻の町としても知られています。
岩手町の歴史:岩手町の中心部、沼宮内の地名の由来はアイヌ語源説が有力で、内は沼や川という意味があるようです。約1200年前この地に大きな沼があり大蛇が人々を苦しめたという大蛇伝説があります。北上川の源泉(弓弭の泉)があり、坂上田村麻呂が矢を放ったところから水が湧いたという伝承が残っています。町内には沼宮内城(別名、民部田城)跡があり、堀や郭が残されています。室町時代に築かれたとされますが、1591年九戸政実の乱では豊臣秀吉の軍が駐留、軍議を開いたと言われています。江戸時代には奥州街道の宿場町「沼宮内宿」として栄え、代官所も置かれていました。古代からある地名岩手郡の一部として、古代の伝説から中世の城郭、近世の宿場町へとつながる、歴史の層が厚い場所です。
岩手町の医療:岩手町は「岩手町方式」と呼ばれる検診推進体制を確立し、検診無料化や積極的な呼びかけにより、全国・県平均を上回る高い受診率を維持しています。特にがん検診や特定健診で成果を上げています。以前は県立病院があり、産婦人科が2軒、小児科、透析クリニックもあり医療も比較的充実していましたが、県立病院は無床化、出産は町内でできなくなり、医師の高齢化、医療スタッフの不足と課題も増えています。
医師会の活動としては、学校健診、各種予防接種、認知症対策、自殺対策、など自治体と共に活動しています。町の人口も減り続け、現在約11,000人となっています。人口減少の中で、どの様に町民の健康を守り、長寿につなげていくか、医師会としても常に考え、活動していく所存です。
